インフォメーション
【10月定期演奏会】ダン・エッティンガーのインタビューを掲載しました
異国への憧れがプリズムのようにきらめく10月のサントリー&オーチャード定期演奏会。 巧みに絡み合うその妙味を、指揮者ダン・エッティンガーが語る!
取材・文:飯田 有抄 撮影:上野 隆文
魅惑のオリエンタリズム
―10月のサントリー定期シリーズとオーチャード定期演奏会は「魅惑のオリエンタリズム」と題して、ラヴェルのピアノ協奏曲とリムスキー=コルサコフの「シェエラザード」を取り上げます。「オリエンタリズム」とは、西ヨーロッパ文化圏から見た東洋に対する憧れや、異国文化に寄せられる好奇心を示す言葉ですが、ラヴェルとリムスキー=コルサコフの「異国趣味」についてはどのような印象をもっていますか?
この2曲は確かにどちらも異国の音楽要素を扱った作品ですが、ラヴェルとリムスキー=コルサコフは地理的にまったく別の方角を向いていますね。フランス人のラヴェルはスペインの民謡やアメリカのジャズを取り入れました。ロシア人のリムスキー=コルサコフはアラビアの世界を描いています。彼らはそれぞれまったく異なる文化圏の要素を取り入れたのです。
しかし大きな共通点もあります。ラヴェルはこの作品で、フランスの印象主義的な音楽語法をまったく違った方向性へと導きました。リムスキー=コルサコフはロシア音楽の伝統を受け継ぎながらも、イスラムの物語を題材として新しく実験的な地平へと乗り出しました。ルーツの異なる2人の作曲家が、それぞれの伝統的な音楽様式を受け継ぎつつも、それを新しい方向性へ発展させていった―そんな共通点の感じられるプログラムだと思います。
―「オリエンタリズム」が音楽芸術にとって創造の糧となってきたように、自国への意識を高める「ナショナリズム」もまた表裏一体を成すように音楽家を突き動かしてきたと思います。リムスキー=コルサコフも、かつては「ロシア5人組」の1人として民族主義的なスタンスにありましたし、ラヴェルを生んだ19世紀のフランスでもたえず、ドイツ音楽とは異なった、フランス的表現が追求されてきました。2人の作品には、どこかナショナリズム的な一面も見え隠れするのでしょうか?
音楽史をひもとけば、ナショナリズムという側面はどんな作曲家にもある程度は見られます。確かに「ロシア5人組」のオペラや、フランスの数々の作品にもナショナリズム的な面は多々あります。
しかし今回のプログラムで興味深いのは、ラヴェルとリムスキー=コルサコフが、いかにしてナショナリズムという枠組みの外へ出ようとしたのかを示しているところです。彼らの試みが「反ナショナリズム」だとか「革命的」とまでは言いません。しかし、明らかにラヴェルはこの作品でフランス的なものを表そうとしてはいませんし、リムスキー=コルサコフもロシアを代表する何かを残そうとしたわけではありません。彼らがいかに好奇心旺盛であったのか。そして、いかに新しい方向を模索し、異国的な要素に触発を受けていたのか。それを示しているのが今回取り上げる作品だと思います。
―いわゆる「ロシアもの」や「フランスもの」といった枠組みの外にある作品、と言えるわけですね。こうした作品と向き合うとき、マエストロは何か特別なアプローチの仕方、研究姿勢をおもちなのでしょうか。
通常は、フランスの作品を演奏するときはフランス的な音楽の様式感が出るように意識します。ときには様式のことばかりを追求してしまい、作品そのものに十分集中しきれないことすらあります。しかしこれらの作品は、「フランス風」「ロシア風」に聞こえる必要はありませんから、その意味での様式研究の必要はありません。国単位の様式感というしがらみから解放されているのです。ですから、曲そのものの内容解釈に集中することができます。
「シェエラザード」は物語を題材としていますから、ストーリーのもつ雰囲気がいかに出せるか、ということに集中します。ラヴェルの作品にも、「ジャズとの出会い」というストーリーがあるわけです。これらの曲には「正しい様式」というものはありませんが、「ストーリーに適した雰囲気」というのはあると思うので、そこを追求したいですね。
もちろん指揮者として、長年にわたり音楽の様式研究はしていますが、僕はどちらかというと、一般的な音楽のスタイルの一部として作品を解釈することよりも、一つひとつの作品がいかにユニークで特徴あるものかを解釈することに興味があるし、自分に向いていると思っています。
自由な魂がもたらすもの
―さて、今回はピアノ独奏にトルコ出身のファジル・サイさんをお迎えします。非西欧文化圏のバックグラウンドをおもちのお2人が共演されることも、この演奏会の大きな特徴ですね。
そうですね。トルコ人のピアニストとイスラエル人の指揮者。そしてこの曲目。すごく多文化的・多層的なコンサートです。誰にでも自分のルーツ、故郷とその文化があり、人々はそれを携えて外国に出かけていきます。音楽の世界でもグローバル化が図られているのは興味深いですね。ファジルは現在、トルコにおいて政治的にも宗教的にも影響力のある芸術家として注目されています。僕自身の出身地であるイスラエルは、さまざまな文化が混ざり合っている国です。そんな僕らが日本で共演するこのコンサートは、豊かな味わいと無限の色彩にあふれた展開になることでしょう。
最近のファジルは作曲家としての活躍が目覚ましく、僕は今ほとんどドイツで仕事をしドイツ音楽をレパートリーとしています。しかしこのコンサートでは、ファジルは元来のピアニストとしてのキャリアに光が当てられ、僕にとっても別の方向に舵を切る選曲です。僕らの最近の中心的な活動とは違ったことをやるという意味でも、おもしろいコンサートと言えるのではないでしょうか。
―サイさんとは、これまでにも共演をされていますか?
「遍歴と冒険は先へ進まなければならない。休息はない。未知の領域への第一歩は必ずしも技術的原則にのっとらなくてもよいし、ぜひとも《前方》を志向しなければならないというものでもない。(《前方》がどこにあるかなど誰が言いあてられるだろう)」(塚谷晃弘訳)
はい。昨年3月に僕が音楽監督を務めるマンハイム国民劇場管弦楽団で、彼の「ヘザルフェン」という作品を初演しました。それはとてもオリエンタルな、トルコ風の作品でしたね。題材は17世紀のトルコの飛行家ヘザルフェンの物語です。ヘザルフェンが独裁者スルタンの監視をくぐり抜け、自由に空を飛行する機械を発明し、イスタンブールの塔から川の向こう岸へと飛び立つというストーリーです。音楽は物語を非常によく表していて自然や飛行の様子が丁寧に描かれており、トルコのフルートや打楽器が味わい深く、西洋のオーケストラとすばらしい響きを奏でていました。ファジルが担当したピアノ・パートは内部奏法が用いられていますし、トルコ的な雰囲気に満ちてはいますが、調性で書かれていて聴きやすく、聴衆にとって近寄りがたいものはありません。ある意味とても保守的な音楽なのです。
「保守的」という言葉を、僕は決してネガティブな意味では使っていません。今回彼が演奏するラヴェルの作品も、やはり保守的な面があります。ジャズという当時新しい語法を取り入れてはいますが、伝統的な性格も多分に残していて、聴き手がアプローチしやすい作品です。伝統・保守というのは、必ずしも退屈を意味するものではありません。
僕もファジルもクラシック音楽のメイン・ストリームからすごく外れたことはやりませんし、伝統的な作品もよく演奏します。しかしファジル自身は、人間的には非保守的というか実験的なことを好む性格の人ですし、僕らは少し変わった想像力をもちあわせていると思います。自由な魂とユニークな性格は、どんなに伝統的・保守的なものもスペシャルなものに仕上げてしまいます。その点でも、僕らの演奏はきっと皆さんの好奇心を誘うものになるでしょう。
―今回のプログラムで、東京フィルにはどんなことを期待しますか?
東京フィルは多くのレパートリーをもっていますし、「シェエラザード」は、何度も演奏されてきたでしょう。僕自身も何度も指揮してきました。しかし共演することで、何か新しいことを互いに再発見できたら嬉しいですね。ラヴェルは僕にとっては初めて指揮する作品なので、共に新しいアプローチができたらいいなと願っています。
(インタビュア・プロフィール)
いいだ・ありさ/音楽ライター。楽譜、コンサートやCDの冊子に楽曲解説を執筆、音楽雑誌で取材・インタビュー記事を担当。書籍にインタビュー集『あなたがピアノを続けるべき11の理由』『あなたがピアノを教えるべき11の理由』(ヤマハミュージックメディア)がある。
トルコの鬼才とイスラエルの俊才が奏でる
魅惑のオリエンタリズム
第839回サントリー定期シリーズ
2013年10月25日[金曜日] 19:00開演(18:30開場)
サントリーホール
第840回オーチャード定期演奏会
2013年10月27日[日曜日] 15:00開演(14:30開場)
Bunkamura オーチャードホール
指揮:ダン・エッティンガー
ピアノ:ファジル・サイ *
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団
曲目
ラヴェル / ピアノ協奏曲 ト長調 *
リムスキー=コルサコフ / 交響組曲「シェエラザード」 作品35助成:文化芸術振興費補助金(トップレベルの舞台芸術創造事業)
後援:イスラエル大使館