ホーム > インフォメーション > 【特別記事】9月定期演奏会ヴェルディ『マクベス』の聴きどころ「シェイクスピア×ヴェルディのタッグで実現した手に汗握る名作~『マクベス』への期待」

インフォメーション

2024年4月10日(水)

 9月定期演奏会は名誉音楽監督チョン・ミョンフン指揮によるヴェルディの傑作『マクベス』オペラ演奏会形式上演。2022年10月の『ファルスタッフ』、2023年7月『オテロ』に続き、シェイクスピア原作・ヴェルディ作曲による3つの傑作オペラのうち最も初期に完成した作品であり、若きヴェルディが新たな表現に挑んだ意欲作でもあります。ヴェルディはシェイクスピアの何に魅了され、自身の作品で何を目指したのでしょう。




イタリア・オペラを「音楽によるドラマ」に変えた作曲家、ヴェルディ



ジュゼッペ・ヴェルディ
(1813-1901)


ウィリアム・シェイクスピア
(1564-1616)

 ジュゼッペ・ヴェルディ(1813-1901)は、歌手の饗宴という性格が強かったイタリア・オペラを音楽によるドラマへと変えた作曲家である。その創作過程において重要な役割を果たしたのが、イギリスの劇作家ウィリアム・シェイクスピア(1564-1616)だった。シェイクスピア劇に基づくヴェルディのオペラは3作を数えるが、どれもオペラ史において画期的な作品になっている。
 1作目の歌劇『マクベス』(1847初演、以下同)では、イタリア・オペラの特徴だった「ベルカント(「美しい歌」が優先される歌唱美を重んじるスタイル)」が否定され、2作目の『オテッロ』(1887)では〈番号オペラ(オペラ全体が、アリアや合唱などいくつかの“曲”に分割されている伝統的なオペラの形式)〉が廃されて、一つの幕が途切れない〈連続したオペラ〉が生まれた。3作目にしてヴェルディ最後のオペラである『ファルスタッフ』(1893)では、音楽による会話劇という全く新しい形式が登場している。このような革新は、シェイクスピアのように「人間の心」を描きたいというヴェルディの情熱があったからこそ成し遂げられた。特に『マクベス』と『オテッロ』は、主役たちの心理を徹底的に掘り下げる心理劇である。



登場人物の心理を徹底的に掘り下げるシェイクスピア作品



戯曲『マクベス』のモデルになった
実在の人物、
マクベタッド・マク・フィンレック
(1005-1057)


イングランド国王ジェームズ1世
(1566-1625)

 シェイクスピアの戯曲『マクベス』は、権力のために罪を犯した人間の悲劇である。スコットランドの武将マクベスは、「王になる」という魔女の予言と野心家の夫人にそそのかされ、国王ダンカンを暗殺した。だが魔女は同時に、武将のバンクォーの子孫が王になるとも予言していた。予言の実現を恐れるマクベスはバンクォー父子の暗殺を試みるが、肝心の息子は逃亡。不安に苛まれるマクベス夫妻は殺戮を繰り返すが、破滅は近づいていた。それも一見不可能に見えた「予言」通りの破滅が。
 マクベスは実在の人物である。11世紀のスコットランド王で、いとこのダンカン王との戦いに勝利して即位。在位は17年に及び、スコットランド初の法典である『マクベス法典』を編んだり、司法制度を導入するなど名君の側面もあった。最後は戦死するが、この時代では普通のこと。シェイクスピア劇のイメージとはかなり違う人物なのだ。

 シェイクスピア劇でマクベスが悪役になったのには理由がある。シェイスピアはこの作品を、彼のパトロンであるイングランド国王ジェームズ1世の御前で上演したが、他ならないジェームズ1世こそ、劇中で「子孫が王位につく」と予言されるバンクォーの子孫だった。『マクベス』は、ジェームズの王位の正統性を謳った作品でもあったのだ。
 だが『マクベス』が名作なのは、罪を犯して権力を奪った人間の心理という普遍的なテーマに迫っているからである。不正な手段で権力を手に入れる人間は、時代や国を問わずどこにでもいる。彼らが不安や罪悪感に悩まされるのは極めて人間的だ。だから引き込まれるのだ。
 「人類が創造したもっとも偉大な悲劇の一つ」。『マクベス』のオペラ化に取りかかった時、ヴェルディは台本作家にそう書き送っている。ヴェルディはシェイクスピアの大ファンだったが、イタリアではシェイクスピアはそれほど人気がなかった。戯曲『マクベス』も翻訳は出版されていたが、舞台で上演されたことはなかったのだ。ヴェルディが初めてシェイクスピアに取り組んだ『マクベス』は、イタリアにおける『マクベス』の初舞台上演でもあった。
 初めてのシェイクスピア・オペラに、ヴェルディは全ての情熱を傾けた。台本に細かく口を挟み、歌手に要求を出し、演出に口を出した。それは何より、シェイクスピアの意図を表現するためだった。



ヴェルディ『マクベス』における音楽面での革新『歌うのではなく、語って』



「3人の魔女と出会ったマクベスとバンクォー」
(1855年、テオドール・シャセリオー画)


「バンクォーの亡霊」
(1854-1855年、テオドール・シャセリオー画)


「夢遊病のマクベス夫人」
(1781-1784年、
ヨハン・ハインリヒ・フュースリー画)

 『マクベス』における音楽面での革新を示す理由としてよく挙げられるのが、ヴェルディが歌手達に出した指示である。彼は主役の歌手たちに、「作曲家より詩人(=シェイクスピア)に従ってほしい」「場面の状況と言葉をよく研究してほしい」「歌うのではなく、語ってほしい」と言い続けた。その結果、朗唱風の歌が増え、いわゆる「ソット・ヴォーチェ」が多用されている。例えばダンカン王の暗殺シーンのすぐ後で歌われるマクベス夫妻の二重唱では、切羽詰まった彼らの心理を表現するために「聴き手をぞっとさせるような陰気な声」、「ずっと小声」が求められた。プリマドンナの超絶技巧の見せ場だった「夢遊の場」でも、似たような要求をしている。彼は、マクベス夫人はそのキャラクター上、「醜く邪悪な容姿」で、「荒々しく、曇った、暗い」、「悪魔的な」声であるべきだと考え、美声で容姿端麗な歌手が夫人を歌うことに抵抗した。このような考えは、滑らかで美しい「声」や「歌」、いわゆる「ベルカント」と呼ばれる歌唱法が優先されていたイタリア・オペラでは革命的なことだった。『マクベス』はしばしばイタリア・オペラの歴史を変えた傑作だと評されるが、それはこのような斬新な考え方のためである。ヴェルディがイタリア・オペラ屈指のドラマティストになったのは、あえて言えばシェイクスピアのおかげなのである。
 実際、『マクベス』の音楽は斬新だ。朗唱が多いのは前述の通りだし、アリアも、広い音域と跳躍、強い高音を駆使したマクベス夫人の登場のアリア〈急いでいらっしゃい〉などドラマティックな曲が際立つ。ダンカン王の暗殺が判明した第1幕フィナーレのコンチェルタート(独唱と合唱による「協奏的(=コンチェルタート)」な音楽)も凄まじい。物語の性格もあり、全体の緊張感が強いのだ。「手に汗握る」と言ったらいいだろうか。
 幻想的な雰囲気も『マクベス』の特徴だ。イタリア・オペラでは珍しいものだった魔女や幽霊といった怪奇趣味は、〈前奏曲〉や第1幕、第3幕冒頭の嵐、第3幕の亡霊出現シーンなどの雄弁で不気味なオーケストレーションで体現される。

 もちろん、イタリア・オペラならではの「美しい歌」も存在する。第4幕のマクダフのアリア〈ああ、父の手は〉、最終場のマクベスのアリア〈憐れみ、敬意、愛〉などはその例だ。第4幕のスコットランド難民たちの合唱〈虐げられた祖国〉も、合唱の得意なヴェルディならではの心を打つ名曲。『マクベス』はまったくもって、全方位的に聴きどころ満載の名作なのである。
 9月に上演される『マクベス』は、チョン・ミョンフンと東京フィルによる〈ヴェルディ×シェイクスピア三部作〉の大団円である。
 「『マクベス』では、出発点であるシェイクスピア作品はとてもパワフルで、そのため音楽と言葉の関係はとても濃く、近しいのです」
 チョン・ミョンフンはあるインタビューでそう語っている。この言葉を聞いたら、彼の『マクベス』に期待せずにはいられない。どんなドラマが繰り広げられるのか、今から「手に汗握る」気持ちで公演の日を待っている。



『マクベス』題名役は2022年10月『ファルスタッフ』でも題名役をつとめたヴェルディ・バリトン、セバスティアン・カターナが再び登場するⒸ上野隆文





加藤浩子(かとう・ひろこ)/東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業、同大学大学院修了(音楽史専攻)。大学院在学中、オーストリア政府給費留学生としてインスブルック大学に留学。音楽物書き。著書に『今夜はオペラ!』『モーツァルト 愛の名曲20選』『オペラ 愛の名曲20選+4』『ようこそオペラ!』(以上、春秋社)、『バッハへの旅』『黄金の翼=ジュゼッペ・ヴェルディ』(以上、東京書籍)、『ヴェルディ』『オペラでわかるヨーロッパ史』『カラー版 音楽で楽しむ名画』『バッハ』(以上、平凡社新書)など。著述、講演活動のほか、オペラ、音楽ツアーの企画・同行も行う。最新刊は『16人16曲でわかるオペラの歴史』(平凡社新書)。
〈公式HP〉http://www.casa-hiroko.com/



9月定期演奏会 

チケットを購入
9月15日[日]15:00開演
Bunkamura オーチャードホール
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9月17日[火]19:00開演
サントリーホール
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9月19日[木]19:00開演
東京オペラシティ コンサートホール

指揮:チョン・ミョンフン(名誉音楽監督)
マクベス:セバスティアン・カターナ
マクベス夫人:ヴィットリア・イェオ
バンクォー:アレックス・エスポージト
マクダフ:ステファノ・セッコ
マルコム:小原啓楼
侍女:但馬由香
医者:伊藤貴之
マクベスの従者、刺客、伝令:市川宥一郎
合唱:新国立劇場合唱団(合唱指揮:冨平恭平)


ヴェルディ/歌劇『マクベス』

全4幕・日本語字幕付き原語(イタリア語)上演
原作:ウィリアム・シェイクスピア『マクベス』
台本:フランチェスコ・ピアーヴェ
公演時間:約2時間45分(休憩含む)


特設ページはこちら


1回券料金

  SS席 S席 A席 B席 C席
チケット料金

¥15,000

¥10,000
(\9,000)

¥8,500
(\7,650)

¥7,000
(\6,300)

¥5,500
(\4,950)

※( )…東京フィルフレンズ、WEB優先発売価格(SS席は対象外)


1回券発売日

最優先(賛助会員・定期会員)

4月13日(土)10時~

優先(東京フィルフレンズ)

4月20日(土)10時~

一般発売

5月7日(火)10時~

WEB優先発売期間 / 期間中はどなたさまも定価の1割引き!

4月20日(土)10:00 ~ 5月6日(月)23:59

※東京フィルチケットサービスはチケット発売初日の土日祝のみ10時~16時営業


主催:公益財団法人 東京フィルハーモニー交響楽団
助成:文化庁文化芸術振興費補助金(舞台芸術等総合支援事業(公演創造活動))| 独立行政法人日本芸術文化振興会

   公益財団法人アフィニス文化財団
   公益財団法人 三菱UFJ信託芸術文化財団(9/17公演)
後援:日本ヴェルディ協会、日本シェイクスピア協会
協力:Bunkamura(9/15公演)

公演カレンダー

東京フィルWEBチケットサービス

お電話でのチケットお申し込みは「03-5353-9522」営業時間:10:00~18:00 定休日:土・日・祝