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2015年10月7日(水)

『不死身のカッシェイ』に登場する歌手たちにインタビュー

 10月6日のリハーサル後、不死身のカッシェイ役のミハイル・グブスキー、美しい王女役ソプラノのアナスタシア・モスクヴィナ、イヴァン王子役ボリス・デャコフの各氏に今回の公演の聴きどころとマエストロ・プレトニョフとの共演についてお話を伺いました。


(写真)右からカッシェイ役:ミハイル・グブスキー、美しい王女役:アナスタシア・モスクヴィナ、イヴァン王子役:ボリス・デャコフ




Q 今回のオペラの役どころと聴きどころを教えて下さい。

ミハイル・グブスキー

カッシェイ/テノール

 カッシェイとカッシェイの娘(カッシェーヴナ)は他の物語には登場しない、このオペラにしか登場にない、とても特別な登場人物です。王子や王女というのは他にもよく出てきますが、カッシェイとカッシェイの娘というのはこのオペラにしか登場しない特別なキャラクターで、この演目になくてはならない存在です。カッシェイは不死身ですが、この作品を観て「不死身ということが果たして良いことなのかどうか」ということをぜひ感じていただきたいです。不死身というのは一見、すごくうらやましいような感じがしますが、もしかすると「死がない」よりも短い人生を豊かに、愛に満ちた豊かな人生を生きたほうが人間は幸せなんじゃないかと思うのです。

ボリス・デャコフ

イヴァン王子/バリトン

 イヴァン王子はこの物語の中で非常にポジティヴな存在として登場します。彼は毒を飲まされたり魔法をかけられたりするわけですが、王女からはひたすら愛され、カッシェイの娘からは誘惑される。彼はその中で苦悩しますが、非常にまっすぐな心をもった人間です。彼のまっすぐな、純真な心を感じていただければと思います。

―――王女様は?

グブスキー

(カッシェイ)

 王女は愛と美そのものです(笑)

アナスタシア・モスクヴィナ

美しい王女/ソプラノ

 この物語は人生にもよくあることですが、三角関係、カッシェイの娘と王女とイヴァンを挟んだ三角関係のお話しです。もう一人の女性の登場人物はカッシェーヴナは、誘惑する、カッシェーヴナは花にたとえると真っ赤な花だと思います。対する私の演じる王女は青くて細くて、とても繊細な花。彼女は牢屋に閉じ込められますが、希望を捨てない。非常にロシアの女性の理想的な姿を現していると思います。この物語は結局、最後に愛が勝つんですね。カッシェーヴナに誘惑されながらも結局王女への愛を貫くという話になっています。
 よく知られているように、不死身のカッシェイは最後に死んでしまう。けれども、よく知られた民話と違う死に方をする、最後は娘の涙で死んでしまうというのは民話と違うところです。お客様は最後、“不死身の”カッシェイが死んでしまうのだけれど、いったいどこでどういう死に方をするのか?ということをワクワクしながら見ることになると思います。
 カッシェーヴナは真っ赤な花、誘惑をするいろいろな男性を手玉にとってきた、非常に強い女性ですが、最後、イヴァン王子に触れてとても女性らしい顔を見せる。そういう彼女の変わり目もとても面白いと思います。2人の女性の登場人物は悪い役といい役なのですが、最後はいい役が悪い役に口づけをする。額にキスをして、カッシェイの娘が涙を流す。言ってみれば最後はどんなに悪い者も結局は愛があればひとつに結びついて、そこにもっと大きなもの、幸せが生まれるんだと。そういうところを見ていただきたいです。


Q マエストロ、プレトニョフとの共演について

グブスキー

(カッシェイ)

 とても面白いです。これだけの大きな音楽家と仕事をするというのはとても面白く、同時に大きな責任を感じます。マエストロはわれわれ共演者を豊かにしてくれますし、共演者は彼との共演ですごく成長することができます。私たちが今まで見えていなかったことを示唆してくれる。そういう音楽づくりをしてくれます。彼との仕事で“からっぽ”の仕事はありませんでした。指揮者の中には非常に大きな動きで熱い指揮をする人もいますが、マエストロはどちらかというと穏やかな指揮をするのですが、その中でものすごく熱いものを私たちに伝えてくれる。とても共演者の可能性を広げてくれます。
 私はこれまでカッシェイのほかにドヴォルザークの「レクイエム」や、タネーエフの音楽をマエストロと共演してきましたが、その意味では非常に彼と共演できたことは幸せでした。口数少ないけれど、いつも私たちのプラスになることをアドヴァイスしてくれる、そういう指揮者です。
 カッシェイについては、どちらかというとおとぎ話の中では非常にマイナスのイメージです。年寄りの、悪い、そういうイメージが強い。私もそういうイメージでいたのですが、リムスキー=コルサコフのハーモニーやオーケストレーションを通じて、マエストロはどちらかというとロシアの民話っぽい側面を出してほしいと要求されましたので、最初は模索しました。少しイントネーションを変えてみたり、ちょっとアプローチを変えてみたり。最初は手探りでしたが、そのうちこの曲がとても面白くなり、非常に新しいアプローチが出来ていると思います。その意味では非常にマエストロとの仕事は面白いです。
 リムスキー=コルサコフの他のオペラ作品は他の指揮者と数多く演じていますが、『不死身のカッシェイ』についてはマエストロ・プレトニョフとの共演が初めてです。

デャコフ

(イヴァン王子)

 私にとってはマエストロとの仕事はこれが初めてです。非常に責任を感じてもいます。これほどロシア国内はもちろん、世界的にも知られている大音楽家ですから、オファーが来たときにはもちろん大喜びしました。ぜひやらせていただきたいと返事して参加しています。ミハイルさんもおっしゃっていましたが、マエストロは非常に少ない言葉ですごく的を射たことをおっしゃいます。音楽の作り方やパーソナリティの出し方など、非常に的を射ているので、非常に役作りがしやすく、とても面白い仕事です。

モスクヴィナ

(美しい王女)

 私が言いたいことをみんな言われてしまいました(笑)。マエストロとの共演、そして『カッシェイ』の出演、いずれも今回が初めてです。
 マエストロは指揮者であるだけでなく同時代の偉大なピアニストでもあります。彼自身が音楽を作るということは、ソリストやオーケストラの音の作り方を非常にわかっていらっしゃる。私たちは声を出すことで音を作ります。マエストロ、ピアニストはピアノの鍵盤を弾くことで音を出すわけです。音の作り方をとてもわかっていらっしゃるので、一緒に仕事をしやすいです。
 王女のイメージについては実はマエストロのイメージと私のイメージとは少し違っています。私のなかでは王女というのは内面的にとても強い女性で、悪をひっくり返すことのできる、とても芯の強い女性です。けれどもマエストロが求めていらっしゃるのは、最初の一音、私が歌う最初の一声から聴き手の涙や哀れみをそそるような、そういう役を演じてほしいといわれましたので、そのように演じようとしているところです。
 マエストロから言われたことは、「これはコンサート形式なので、さらに難しい」と。オペラだと衣装があるし、舞台装置があるし、アクションがあるし、そういう意味ではオペラというのは聴衆の興味をひきつけやすい。けれど、これはコンサート形式なので、耳で入ってくるだけです。だけどマエストロは「聴くだけではなく目でも面白いコンサートにしよう」とおっしゃいました。その意味では、指揮者であるだけでなく演出家としても素晴らしい力を発揮されていると思います。モスクワで演奏会をやったときに評が出たのですが、「歌や音楽も素晴らしかったけれど演技も素晴らしかった」ということでした。マエストロは王女役の私に「カッシェイの娘に本当に口づけをしてごらん」とか「おたがいにこう動いてごらん」といった形でアドヴァイスをしてくださいます。その意味で私たちは東京のお客さんにとって聴いても見ても面白い舞台ができるんじゃないかなと思っています。


グブスキー

(カッシェイ)

 お客様の反応が楽しみです。モスクワのお客さまの反応、東京のお客様の反応、それからこの後シベリアでも上演するので、シベリアのお客様の反応と、それぞれのお客様の反応が違うと思いますから。本当だったら、字幕なしでも私たちが言いたいことが伝わるかどうか、ということをやってみたいんです。私たちがイタリアオペラを初めて見始めたころは、字幕なんかありませんでしたが、ステージから言いたいこと、伝えたい事が胸に迫ってきました。演技もこめてやってみて、それをお客様がどういうふうに受け取るかやってみたいですね。日本人とロシア人では感受性も少し違うと思いますが、どう伝わるか楽しみです。
 王女は作品の最初と終盤で大きく変化します。最初は「かわいそうな王女」だったのが、終盤で「子守歌」を歌うとき、本来の子守歌は子供を寝かしつける優しい歌なのに、このオペラで歌う子守歌は……(笑)

モスクヴィナ

(美しい王女)

 子守歌は子供を寝かしつける優しい歌なのに、私が歌うのは非常に強い、悪の子守歌です。

グブスキー

(カッシェイ)

 リムスキー=コルサコフは王女のイメージを通じてロシアの女性のイメージを作ったんじゃないかと思います。かわいそうな、たおやかな側面もあるけれど、料理も仕事も子育てもする、強い女性。

モスクヴィナ

(美しい王女)

 優しくてかわいい王女が、剣をもって強いカッシェーヴナよりも実は精神的に強かったわけです。強そうなカッシェイの娘よりも全然強かった。そういう姿を日本の女性はどういうふうに受け取ってくれるか、興味がありますね。

―――男性陣からみて、カッシェイの娘はどんなイメージなんでしょうか?

グブスキー

(カッシェイ)

 ヨーロッパタイプの女性なんじゃないでしょうか。対してロシア・タイプが王女。

モスクヴィナ

(美しい王女)

私はその意見に反対です!(笑) カッシェーヴナはカルメン、王女はミカエラだと思います。カッシェイの娘は男性を魅きつけるいろいろなものを持っていて、声もメゾ・ソプラノで少し低いし…。イヴァン王子は私を助けに来たはずなのに、カッシェーヴナに誘惑されてしまう! こうなるとロシアの男性はどちらを選ぶべきかという問題になってきます。とてもまじめな男性が、とっても明るく魅力的な女性の姿を見て誘惑されてしまう!

一同 爆笑



グブスキー

(カッシェイ)

 リムスキー=コルサコフはこの作品を書いたとき、モスクワ音楽院に対する反抗の気持ちがあったんです。このカッシェイはプロテストとして作曲されたんです。カッシェイはよくないことをしている管理者の象徴、王女は苦しめられている学生の象徴、王子は何とか事態を改善できないかと格闘する学生たちの象徴。結局、最後は愛が勝つ、つまり賢さが勝ち悪い管理者たちは死んでしまう。そういうストーリーでリムスキー=コルサコフは音楽で彼の言いたかったことを体現したんです。政治的なストーリーとしてとらえることもできるし、愛のストーリーとしてとらえることもできる。当時の背景を知っているといろいろなとらえ方ができます。

モスクヴィナ

(美しい王女)

 カッシェイは20世紀初頭の作品でしたが、リムスキー=コルサコフは今でも焦眉の課題となっていることを音楽で表現している。これが彼の偉大さだと思います。

日本のお客様へメッセージをお願いします。

グブスキー

(カッシェイ)

 日本は2回目ですが、前回と同様日本の美しさや人々のものごとに対する態度に非常に感嘆しています。前回もそうでしたが、日本の人たちには人生を楽しもうという姿勢を感じ、そこに非常に魅かれます。前回は東京だけでなくいろいろな地方に行きましたが、食べ物、建物や設備、交通機関に住みやすくしよう、生きやすくしようという姿勢を非常に感じ、非常に楽しみました。今回はまだ滞在2日めで、本番はこれからですが、自分自身が大満足して日本を離れることができるのがもう見えています。お客様にはまず、コンサートに来てくださってありがとうと言いたいですし、コンサートに大満足して帰っていただけるように頑張ります。
 私たちは海を隔てて遠いところにいるように感じますが、考えてみれば隣人なんですね。私たちはロシア人も日本人も同じように幸せや喜びを求めていますし、幸せを得る価値があると思います。私たちのコンサートで、ひとときでも私たちのコンサートで幸せや喜びを感じていただけたらと思います。

デャコフ

(イヴァン王子)

 世界中を旅してまわりましたが、日本に来るのは初めてでした。昔からとても来たかった、謎の国です。実は子供のころから私が育った家には(歌川)広重の画集や石川啄木の詩集がありました。その意味では日本の文化とは馴染んでいたのですが、実際に触れたことがなかったので、非常に興味津々で日本にやってきました。テレビで見る限り、ものすごい工業が発展した産業の大都市、電気がピカピカして夜も眠らないようなところだと思っていたのですが、とても自然に溶け込んだ21世紀の大都会というイメージでした。工業、産業ばかりではなく非常に自然に溶け込んだ国でした。
 地図で見るとモスクワと地理的には非常に離れていますが、文化や心理的な面では私たちは非常に距離は短い、非常に近いところにいると思うのです。そういう意味では、日本の人たちはロシア音楽をはじめロシアの文化を非常に愛してくださっているということを聴いてうれしく思っていました。今回来てくださる聴衆の皆さまも興味をもってきてくださるわけですが、ぜひその、私たちの地理的には大きな距離がもっともっと、どんどん短く、近い橋になってくれることを願います。メンタリティが近いような気がする、同じ価値観をもっているような気がします。だから、今までどおり短い橋でつながっていましょう、ということを言いたいです。

モスクヴィナ

(美しい王女)

 最後に話すといつも言いたいことを先に言われてしまって不利ですね…(笑)

グブスキー

(カッシェイ)

 我々は男性の視点で話したので、どうぞ、女性の視点から(笑)

モスクヴィナ

(美しい王女)

 来日は初めてです。男性陣は橋だの建物だの言っていましたが、私は人に目が行きます。初めて日本の地に足をつけて、2日目ですが、私とお話しした人々、私を囲んでくれている人々、街を歩く人々からみても、とても日本人の繊細さを感じることができます。私たちへの尊敬の気持ち、重んじてくれる気持ちをひしひしと感じて、まるで本当に、役だけではなく王女様になったような気持になります。私もいろいろな国へ行きましたが、こんなふうな気持ちになったのは初めてです。 まだ2日め、まだコンサートホールしか見ていませんが、明日はオフなので、日本のいろいろなところを見て、もっと、自分のなかで日本の印象を大きくしていきたいと思っています。 この二人(グブスキー、デャコフ各氏)はモスクワから、私はベラルーシから来たのですが、ベラルーシと日本のつながりというのは、チェルノブイリの事故があったときに、日本のみなさんは大きな支援をしてくださったんです。つらいときに助けてくださったことはいつまでも覚えています。ベラルーシの人々は日本人が助けてくれたことを非常によく覚えています。ベラルーシと東京はとっても強い縁で結ばれていると思います。


 ―――ありがとうございました。



――― このあと話は鎌倉観光へ。日本の名所に興味津々の3人。


【当日券あり】S席¥10,000 A席¥8,500 学生¥1,000

10月9日[金]19:00開演(18:30開場)
東京オペラシティコンサートホール


指揮 : ミハイル・プレトニョフ

カッシェイ(テノール): ミハイル・グブスキー
カッシェイの娘(メゾ・ソプラノ): クセーニャ・ヴャズニコヴァ
美しい王女(ソプラノ): アナスタシア・モスクヴィナ
イヴァン王子〈バリトン〉: ボリス・デャコフ
嵐の勇士(バス): 大塚博章
合唱:新国立劇場合唱団

リムスキー=コルサコフ/歌劇『不死身のカッシェイ』
            <演奏会形式/ロシア語上演/字幕付>

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