ホーム > インフォメーション > [特別記事] 2018-19シーズン5月定期演奏会聴きどころ 『レオノーレ』?『フィデリオ』?

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2018年4月27日(金)


 ベートーヴェンが3度にわたり改訂を加えた、複雑な成立史をもつこの作品。その経緯に時代背景を重ねてみると、作品をより深く理解することができるでしょう。


『レオノーレ』から『フィデリオ』へ


ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン。
『レオノーレ』が初演された1805年頃の肖像。
ヨーゼフ・ヴィルボルト・メーラー。

 1814年、ウィーンの中心街に位置する宮廷劇場の1つ、ケルントナートーア劇場で、歌劇『フィデリオ』の初演がおこなわれました。

 『フィデリオ』は元々、『レオノーレ』というタイトルでした。こちらの初演は1805年。場所はウィーン中心街の外に位置する一般市民向けの私立劇場=アン・デア・ウィーン劇場でした。自他ともに市民階級の一員であることを認めていたベートーヴェンゆかりの場で、後にここで『交響曲第5番』『交響曲第6番』の初演もおこなわれています。

 そんな劇場にふさわしい歌劇の演目とは何か?革命やナポレオンの台頭といったニュースが、フランスからヨーロッパ全土に日々もたらされた時代です。そうした中、事件に巻き込まれるも、危機一髪の場面で助け出されるという内容の演劇や歌劇が、人気を博していました。

 その1つこそ、妻が夫を牢獄から助け出すという実話を基に、フランス人のブイイが台本、ガヴォーが作曲を担当した歌劇『レオノール』。これが評判を呼び、幾つかの類似作品が作られたことに乗じ、ベートーヴェンの知人であるゾンライトナーが新たに書いた台本に、ベートーヴェンが曲を付けたというわけです。

 こうして『レオノーレ』(ただし他作品との混同を嫌がった劇場側の要請で、作曲者の意に反して『フィデリオ』というタイトルで上演)は1805年に初演されるのですが、折しもナポレオン率いるフランス軍がウィーンを占領しています。ドイツ語で書かれたこの作品を理解できないフランス兵が客席に陣取ったため、公演は大失敗でした。


 ですが、ベートーヴェンはめげることなく、歌劇本体にも改良をくわえてゆきます。彼にとって初となる歌劇だったこともあり、経験不足から来る弱点を克服すべく、元々3幕構成だったこの作品を2幕構成にしたり、序曲の書き直しがおこなわれたりしました。


アン・デア・ウィーン劇場
Theater an der Wien Ansichten - © Peter M. Mayr

 こうして改訂版『レオノーレ』(この時も上演時のタイトルは『フィデリオ』)は1806年、アン・デア・ウィーン劇場で上演されますが、ベートーヴェンが劇場経営者と金銭トラブルを起こしたことから、公演は打ち切り。その後、ベートーヴェン自身さらなる改訂の上で、再演を考えていたところ、ケルントナー門劇場から上演依頼が舞い込みます。台本は、宮廷劇場関係者のトライチュケによって改められた上、ベートーヴェンは彼とも綿密な協議を重ねながら、「改作」とでも呼ぶべき作業にとりかかりました。

 結果、例えば第2幕でレオノーレとロッコが牢屋の奥底に入ってゆく場面では、曲目解説にも書いたように、オーケストラの演奏に乗せて台詞を歌手に喋らせる「メロドラマ」が導入されました。また元々の最終場面では、フロレスタンとレオノーレが再会を喜び合うのも束の間、外で群衆が「復讐だ!」と叫んでいる声が響き、彼らは自分たちが殺されるのではないかという恐怖に駆られるのですが、『フィデリオ』では舞台が一挙に牢獄の外へと転換を遂げ、人々が歓呼の声を上げる中、国王の使者である大臣のフェルナンドが華々しく登場する、という構成になっています。

 これは、皇帝が関与する宮廷劇場という場で、支配者を称えるに相応しい内容にするため…もちろん歌劇の幕切れをより劇的にするためでもあります…の工夫。こうして、『レオノーレ』の改訂版である『フィデリオ』は初演を迎えますが、折しもウィーンでは、ナポレオン失脚後のヨーロッパ再編を目指す「ウィーン会議」が開催されようとしていました。会議には反ナポレオンを掲げるヨーロッパ各地の王侯貴族が集い、彼らをもてなすための祝祭アトラクションの1つとして『フィデリオ』の初演がおこなわれたのです。

改訂版『フィデリオ』と歴史の皮肉


べートーヴェン。『フィデリオ』が初演
された1814年頃の肖像。
ルイ・ルトロンヌのスケッチに基づく。

 『レオノーレ』から『フィデリオ』への改訂/改作作業は、序曲にも大きな影響を及ぼします。1805年に『レオノーレ』が初演された際には『レオノーレ』序曲第2番が、翌1806年に『レオノーレ』の改訂版が初演された際には、上の序曲に改訂の手を加えた『レオノーレ』序曲第3番が上演されました。さらに1808年に『レオノーレ』の上演がプラハで計画された(実現せず)際に新たに書き下ろされるも、お蔵入りしてしまったのが、『レオノーレ』序曲第1番。序曲の番号と作曲の順番が食い違っているのは、『レオノーレ』序曲第1番が1828年に出版された際、『レオノーレ』序曲第2番に先立って作られたと誤って考えられたため、こうした結果になりました。

 そして、1814年の『フィデリオ』初演に際して書き下ろされたのが『フィデリオ』序曲ですが、初演当日には間に合わず、ベートーヴェンの他の作品(劇音楽『アテネの廃墟』序曲)が演奏されました。3つの『レオノーレ』序曲がいずれも、「苦しみ→闘い→勝利」を描いているのとは対照的に、『フィデリオ』序曲は初演時の祝祭的な雰囲気を反映し、全篇にわたって輝かしい内容となっています。

4つの序曲が物語ること

 というわけで、ナポレオンのせいで不当に貶められていた作品に拍手喝采が送られたのは当然ですが、革命思想に心から共感するあまり、現実のナポレオンに失望したほどのベートーヴェンにとって、それは手放しで喜べない事態でした。その後、ウィーン会議では反ナポレオン=反革命を標榜する保守反動体制が確立され、ベートーヴェンにとってきわめて肩身の狭い社会が出現してしまったのは、何とも言えない歴史の皮肉です。




小宮正安(こみや・まさやす)

ヨーロッパ文化史研究家。横浜国立大学教授。著書に『コンスタンツェ・モーツァルト<悪妻>伝説の虚実』(講談社選書メチエ)、『名曲誕生 時代が生んだクラシック音楽』(山川出版社)等多数。日生劇場『フィデリオ』ドラマトゥルグ、『東京・春・音楽祭』でのナヴィゲーター、テレビやラジオへの出演など幅広い分野で活躍している。


5月定期演奏会 ベートーヴェン/歌劇『フィデリオ』(演奏会形式)

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5月6日[日]15:00開演(終演予定17:30)
Bunkamuraオーチャードホール
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5月8日[火]19:00開演(終演予定21:30)
サントリーホール
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5月10日[木]19:00開演(終演予定21:30)
東京オペラシティ コンサートホール

指揮:チョン・ミョンフン(東京フィル名誉音楽監督)

ベートーヴェン/歌劇『フィデリオ』
 (ドイツ語上演・字幕付・全2幕・演奏会形式)


フロレスタン (テノール):ペーター・ザイフェルト
レオノーレ (ソプラノ):マヌエラ・ウール
ドン・フェルナンド(バリトン):小森輝彦
ドン・ピツァロ (バス):ルカ・ピサローニ
ロッコ(バス):フランツ=ヨーゼフ・ゼーリヒ
マルツェリーネ(ソプラノ):シルヴィア・シュヴァルツ
ヤッキーノ(テノール):大槻孝志
合唱:東京オペラシンガーズ
お話:篠井英介

※終演時刻は予定のため、変動することがございます。予めご了承ください。


◇定期会員券で購入すると1公演あたりのチケット料金が 約37% お得に。
 詳しくは2018-19シーズン定期演奏会ラインナップページ

公演カレンダー

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