ホーム > インフォメーション > アンドレア・バッティストーニ インタビュー 近況と今後への抱負

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2016年8月18日(木)


アンドレア・バッティストーニ
©Andrea Monachello

 昨年夏、生まれ故郷である北イタリアのヴェローナでアンドレア・バッティストーニにインタビューした際、「いまいちばん指揮したい作品」と話していたのが、マスカーニのオペラ『イリス』だった。いよいよその夢が10月にかなう。それを前にして、東京フィルハーモニーの演奏会を通じて日本でも快進撃をつづける若き天才マエストロに、近況と今後への抱負について、トリノでのCD録音の合間に語ってもらった。


インタビュー・文=香原斗志(音楽ジャーナリスト、オペラ評論家)



RAI国立交響楽団とバッティストーニ
©Andrea Monachello

 ちなみにトリノでは、日本コロムビアによる録音が7月5日から7日の3日間にわたって行われた。バッティストーニはイタリア随一の放送オーケストラであるRAI国立交響楽団を指揮し、チャイコフスキーの交響曲第5番とラフマニノフのピアノ協奏曲第2番を演奏したのだが、バッティストーニが指示を与えるごとに、オーケストラの音色も、響きも、表現も、明らかに変化して行く。その様子を間近に見て、あらためて彼の底力に感服するほかなかった。RAI国立交響楽団はきらめくような音色が特徴で、イタリアのオーケストラらしくよく歌う。だが、バッティストーニが声をかけると、魅惑的なカンタービレを伴いながらも、音の密度が明らかに濃さを増し、膨らみ、弾力を得て、まるで集団催眠にかかったようにドライブがかかっていくのである。
 ラフマニノフのピアノのソリストは、昨年9月に東京フィルの定期演奏会で、バッティストーニと一緒にラフマニノフの「パガニーニの主題による狂詩曲」を演奏した反田恭平だった。この21歳の若者は、その際も当たり前のように超絶技巧を駆使しながら、鋭い切れ味を見せたかと思うと、深い叙情性を湛え、その間を縦横無尽に行き来しながら圧倒的な印象を残していた。今回は本録音には立ち会えなかったが、練習では超絶的な表現をあたかも内面衝動であるかのように自然に聴かせて圧巻だった。

 さて、その初日、反田との打ち合わせを上機嫌に終えたバッティストーニは、ホテルのラウンジで熱く語りはじめた。


バッティストーニ

 この6月には大きなことが二つ実現しました。ひとつはバイエルン州立歌劇場へのデビューです。ここのオーケストラには共同作業をするうえで必要なじゅうぶんな知識があり、技術的にも非常にすぐれ、最終的にとても色彩感がある『ラ・トラヴィアータ(椿姫)』を創り上げることができました。1回だけのリハーサルでいろいろな助言にしっかり答えてくれたオーケストラとは、本当にすてきな関係が築けました。来年も同じ『ラ・トラヴィアータ』で帰ることができるのがとても楽しみです。
 続いて満足なのはジェノヴァでヴェルディの『運命の力』にデビューできたことです。指揮者にとっても歌手にとっても困難なこの作品をコンサート形式で演奏し、聴衆はとてもよろこんでくれました。こうして『仮面舞踏会』『ドン・カルロ』『アイーダ』といった、私のヴェルディ後期のレパートリーに『運命の力』が加わりました。指揮するまではひたすら複雑だと思っていたこの作品ですが、実は奇妙なところ、表面的にはシュールに思えるところこそが魅力なのだと気づかされました。それはヴェルディをいっそう深く学ぶことができた瞬間でした。
 ジェノヴァのものはイタリアのオーケストラですから、演奏に際していちいち説明する必要がありません。一方、ミュンヘンのものは私がこれまで指揮したドイツのオーケストラのなかで最良で、とても反応がよく、イタリア音楽の伝統をよく理解していて深く掘り下げることができた。少ない練習でヴェルディの理想的な演奏にたどり着けるのです。
 続いて、このRAI国立交響楽団との録音が重要な仕事です。


香原

 その後、今年もアレーナ・ディ・ヴェローナでオペラを指揮するのですよね。


バッティストーニ

 はい。プッチーニの『トゥーランドット』とヴェルディの『アイーダ』を指揮します。私はヴェローナで生まれ、小さいときからアレーナに通いながら育ったので、夏はアレーナで仕事をしたいのです。実はここでの仕事は難しい。オペラの上演であって、同時に大衆のお祭り的なイベントでもあるからです。でも、ここは音楽好きもお祭り好きも一緒にすごすイタリア随一の場所なんです。



©Ph. Ennevi/Courtesy of Fondazione Arena di Verona.   

香原

 その間、交響曲は指揮しないのですか。


バッティストーニ

 最近はあまり指揮していません。オペラなのか、交響曲なのか。これはイタリア人指揮者にとって大きな問題です。イタリア人だとどうしてもオペラの指揮を多くリクエストされますが、私自身は交響曲との関係をもっと深めたい。だから、東京フィルとの仕事を通じて交響曲のレパートリーを強化していきたいと思っています。私はむしろ交響曲が大好きなので、オペラと並行してもっと交響曲を演奏したいのです。その意味で今回の録音も重要です。RAI国立交響楽団とはこれまでも多くの仕事を共にしていて、そこに戻れたのはうれしいし、10月にもジェノヴァで演奏会を開催する予定です。それに実は、私にはどの作曲家の作品をよりよく演奏できるかとあらためて自問すると、ロシアの作曲家の作品なんです。


香原

 あなたと一緒にイタリアの若手指揮者「三羽烏」のひとりだとされているダニエーレ・ルスティオーニも、ロシア音楽への情熱を語っていました。彼の場合は、サンクトペテルブルクで2年間過ごした経験が大きいそうですが、あなたの場合はどうですか。


バッティストーニ

 私も同じで、サンクトペテルブルクで長く過ごしました。ロシアの音楽学校に通い、初めて指揮したプロのオーケストラもロシアのものでした。当時、ロシアのレパートリーをたくさん指揮して気づいたのですが、ロシア音楽の表現方法にはイタリア音楽と非常に近いところがある。それはメロディへの偏愛で、音楽を通じて物語を聴かせるという点がとても似ています。両者の間には違いよりも共通点の方がずっと多い。理解するのが難しいと思われがちなロシア音楽ですが、実はとても地中海的で、激しく、情熱的なのです。


香原

 今回の録音はどのようなものに仕上げるつもりですか。


バッティストーニ

 チャイコフスキーの交響曲第5番は指揮者にとって基礎になる曲で、オーケストラを指揮するのに必要なテクニックのすべてが問われます。だから、もし指揮のレッスンをするなら、私はこの曲を使います。チャイコフスキーは東京フィルでも指揮しましたが、音楽的なスタンスは変わりません。ただし、響きはよりイタリア的になるでしょうし、イタリアのオーケストラなのでそうなるように指示します。そしてチャイコフスキーもラフマニノフも歌うように創り上げたい。また、チャイコフスキーの第5番のフィナーレはベートーヴェンを思わせる、あたかも凱旋行進曲のようなものですが、その底流には憂愁の感覚、とても絶望的で悲劇的な感覚が流れている。そこを表現しなければならないと考えています。


香原

 ここまで話していたたいだ新たな経験は、10月に東京フィルの定期演奏会で指揮する際に、きっといい影響をおよぼすでしょうね。


バッティストーニ

 そう思います。10月にはマスカーニの『イリス』をコンサート形式で演奏し、ほかに交響曲のコンサートを行いますが、いつも新しい曲を演奏するたびに、東京フィルの新しい魅力が明らかになるのが楽しみです。とりわけイタリアの音楽を演奏しているとき、彼らに「歌うように演奏するんだ」という考えを伝えていますが、『イリス』はイタリア音楽のこうした特異性を学ぶうえで絶好の作品です。イタリア・オペラよりはむしろワーグナーやフランス音楽から霊感を得て書かれた作品ですが、作曲技術はともかく、そこにこめられた精神はイタリアそのものです。だから、表面にとらわれてワーグナーのようになってしまっても、ドビュッシーのようになってしまってもいけません。その意味で、ロッシーニやヴェルディを指揮するのと同じ手法が問われる。10月にもそういう実践を試みたいと思っています。


香原

 そして、ベートーヴェンの第5交響曲「運命」にも挑みますね。


バッティストーニ

 はい。この交響曲はベートーヴェンの偉大な代表作ですが、これまで本来の姿と異なったかたちで演奏されがちでした。東京フィルとの演奏では、私がこれこそベートーヴェンの魂だと信じているものを表現したいと思います。すなわち、それは革命的な精神、不意を突くような表現です。おおいに不意を襲うような表現がなければ、ベートーヴェンの魅力の半分は失われたようなものです。交響曲第5番は、実はとても暴力的で、しかしとても甘く、意気揚々としている。こうしたことが力強さと一緒に表出されなければいけないのです。ロマンティックな表現に陥らずに、直接的で、暴力的に表現しなければならない。そうすることでベートーヴェンの魂を取り戻さなければいけないと思っています。




香原斗志(かはら・とし/音楽ジャーナリスト、オペラ評論家)


イタリア・オペラをはじめとする声楽作品を中心に、クラシック音楽全般にわたり取材および評論活動をし、音楽専門誌や公演プログラムなどに執筆。声や歌唱表現の評価に定評がある。著書に『イタリアを旅する会話』、共著に『イタリア文化事典』。毎日新聞クラシック・ナビに「イタリア・オペラの楽しみ」を連載中。



アンドレア・バッティストーニ指揮 10月定期演奏会 公演詳細

マスカーニ/歌劇『イリス』(演奏会形式・字幕付)

マスカーニ/歌劇『イリス(あやめ)』(演奏会形式・字幕付)

第886回オーチャード定期演奏会

2016年10月16日(日) 15:00 開演(14:30 開場)
Bunkamura オーチャードホール

第887回サントリー定期シリーズ

2016年10月20日(木) 19:00 開演(18:30 開場)
サントリーホール

【出演】
イリス(ソプラノ):ラケーレ・スターニシ
チェーコ(バス):妻屋秀和
大阪(テノール):フランチェスコ・アニーレ
京都(バリトン):町 英和
ディーア/芸者(ソプラノ):鷲尾 麻衣
くず拾い/行商人(テノール):伊達英二
合唱:新国立劇場合唱団  ほか


第105回東京オペラシティ定期シリーズ

2016年10月19日(水) 19:00 開演(18:30 開場)
東京オペラシティ コンサートホール

ヴェルディ/歌劇『ルイザ・ミラー』序曲
ヴェルディ/歌劇『マクベス』より舞曲
ロッシーニ/歌劇『ウィリアム・テル』序曲
ベートーヴェン/交響曲第5番『運命』


関連リンク

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